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2008

ビレッシュ

来日顛末記

てんやわんやの末に、ビレッシュたちオランダからのお客さんが五人も、我が家に来た!

その台風の目のような静けさに、一発でまいった。その後のナイトイベント、大阪のワーク。

そして、ひとり取り残されて・・・

ホームページ

2008/09/29(月) 00:52:00

今日は、カリス、ミトラ、僕と男三人集まって、最終打ち合わせ+ヴィレッシュたちが四日間滞在する僕の家の掃除。カリスなんてなんだかすごい機械の掃除機で、ベランダを掃除していた。その間、別の場所でアバヤは送迎の車の洗車と掃除、布団の積み込みとみんな一日中働いた。突然休みの日に、三重県伊賀上野の忍者屋敷を訪ねたいということで、ドライバーは急遽プレムがやってくれることになった。みんなただ働き。下見がてらに来てみたお蕎麦屋さんで、ご馳走を食べて、酔っ払って帰ってきたら、ヒューマンリバーシティのホームページが出来ていた。日本語訳がされていてすごい。これは東京なんてほんとに盛り上がるのかなあ。と思う。そうなれば良いね。

秘蔵フォト

2008/09/29(月) 00:56:00


ホームページにあった写真。
最後の写真は、和尚とのフォト・セッションの時のもの。
ビレッシュの脚の親指が緊張で内向きに曲がっているのがなんともハートにキュンと来る。

master8.jpg

台風襲来

2008/09/30(火) 13:40:00

文字通り台風襲来。
8月10日の時点で、台風15号を予感していたんだね。
さすがサトルボディヒーリングの第一期卒業生だけはある。
サイキックになったのかもしれない。
(自画自賛)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=897536438&owner_id=64742

注意:日記では十月四日となっていますが、その後変更して、
ナイトイベントは、十月三日(金)です。

さて台風と共に彼らは予定通り沖縄から到着するのか?
大量のスーツケースは、車に入るのか?
謎のセンター・リーダーの食事は口に合うのか?
VIJAYの寝室でヴィレッシュは悪夢を見ないのか?
ナイト・イベントには一体何人来るのか?
その日は、台風は大丈夫なのか?
エナジー・ダルシャンで伝授されるのは、OSHOかはたまた
ビレッシュのエネルギーか?
それは本当にすごいものなのか?
そもそもビレッシュは本当に悟っているのか?
それにしてもラテン系の悟りとは?
だとしても悟りのエネルギーの伝授なんてことをして
グローバルコネクションから、また怒られないのか?
それはディクシャとどう違うのか?
果たしてサトルボディヒーリングレイとの違いは?
そう言えば、スワミ・ラジニーシという
そっくりさんはどうなったのか?

話は変わって、お風呂の蛇口はその日までに修繕されるのか?
などなど。

その場になるまで、わからないことは山とある。
未知との遭遇・・これぞサニヤス・ライフの醍醐味ナリ。

第一報・台風の暖かい目

2008/10/02(木) 23:12:00

まるで台風の目だけが上陸したように、

僕の家にやってきたヴィレッシュ(たち)は、

とても静かな人(たち)だった。静かで、ジェントル、優しい。

会う前の緊張が溶けて、すっかり歓迎組はリラックス

してしまった。怖い感じがぜんぜんしない。

ヴィレッシュは、ささやくような声でしゃべり、個性的な顔ぶれは

みな彼を宝物のように扱ってる。

しかし実際 宝物みたいだ。

僕はまったく何か不思議な感じに打たれてしまった。

背も低い。

顔もカッコいいわけではない。

頭もものすごくシャープな感じはしない。

パワフルな感じもぜんぜんしない。

風采のあがらないお爺さんが、

にこにこと、もの静かに、当たり前のようにちょこんと

ソファーに座っている。

声はあのものすごく良い声だけど、イエス・・とかハイ・・
ありがとう とか
シンプルなことをささやくように言うだけ。

でも、その場にいたみんなは彼にまいってるのがわかる。

オランダからずっと一緒のみんなは、もう長い間彼に参っているし、
そして今日はじめて会った僕らも一発でノックアウトされてしまった。


今、ビレッシュを思い出してみても、透明なんだか、
存在感があるんだか、わからない。

今のところ不思議な人というのが一番だけど、

彼が一種の宝物のひとつなんだということはわかる。

地球だとか、人類だとかの・・

そして彼と過ごす時間も、
貴重な宝物みたいなものだということはわかる。

こういう宝物みたいな時間と人の出会いを積み重ねることで、
僕たち自身も宝物なのだということを、
きっといつかは思い出すんだろうなあ・・

と、僕は月を見上げて確信した。

それは今、

思い出してもいいんだけど、別に 今 じゃなくてもいい。

そんな気がした。

脱力しました。
 

「我が家」にいるというあの素晴らしい感じ

2008/10/24(金) 12:26:00

ヴィレッシュは、ほんとうにOSHOを愛していたから、
OSHOとひとつになっていた。それはほんとにそうだった。

そんなヴィレッシュと過ごせて、幸せだったなあ・・
とそろそろ、さみしくなってきた。まだ幸せな感じがあるけれど
やっぱりさみしい。

なんだか今の僕の心境にぴったりの講話を見つけたので、
掲載する。たぶんインターネット初登場かも。

まず質問がなんとも言えない。たぶんOSHOの恋人だったヴィヴェックからの質問だ。アメリカを追放され、世界中を当てなくさまよっていた頃の講話だ。


愛するバグワン、
 私が初めてあなたに会ったのは、私がサニヤスを受けたときでした。その時私は生涯で初めて「わが家にいる」というあの素晴らしい感じを味わったのです。

 私があなたから離れているときにはいつでも、ある落ち着かなさのようなものを感じて、それが私を一つの場所から別の場所へと動かし続けました。そして一度も、自分が正しい場所にいるという感じを味わえませんでした。

 こうしてあなたのお側にいると再び、あの感覚が戻って来ています。私はふたたび自分の家にいます。
 
 この素晴らしい感じは何なのですか? あなたはいつでも、私たちが自分の中にそれを見つけない限り家【ホーム】はないとおっしゃいます。でも、このわが家にいるという感じは、何なのでしょう?


和尚 

 自分自身の中にそれを見つけるのでない限り、家【ホーム】はない。

 だがもし人が、わが家を見付けた人の側にいて、しかもその人に対して開いていて、その人が働きかけることができるような受容的状態にあれば、その時はその人間もまた、自分がわが家にいるという感じを分かち合うことになる。

 結局、マスターの家は、自分の家でもある。
 
 だから、起こっていることはまったく正しい。遠くに離れていて、自分の家にいるという感じを見失い、何かが正しくないという感じがする。それこそ、完璧にあるべき姿そのものだ。だがそれは、ほんの旅の始まりに過ぎない。
 
 私の側にいるときに、あなたは自分の家にいる感じがする。その感じを、もっと深く育てて行きなさい。それを表面的なものにしてはいけない。それが自分の存在そのものに、沈んで行くのを許しなさい。そうすればあなたが何処にいようとも、私はあなたと共にいる。

 今の所は、何処にいても私があなたの所にいられるようにするためには、あなたは私と一緒にいなければならない。そうすれば、あなたは見失ってはいないし、何処であろうとそこがわが家になるだろう。あるのはただ、近しさ、信頼、愛という問題だ‥‥ほとんど溶解し、解け合うほどの愛という。

明日は大阪

2008/10/04(土) 19:08:00

 

昨日、神戸でナイトイベントがありました。
二時間で、ものすごくエネルギーが動き、
参加者それぞれのハートには
熱い涙と許し、笑いと感謝の火が灯りました。
たった二時間で、こんなんなら、
まる一日もあったら、どんなふうになるんだろうか?
想像もつかない。もっと昨日の様子を報告したいけれど、
あのハートで感じる感動を、言葉にするのは今は難しい。
ましてや明日に起こるかもしれないことを想像して、
呼びかけるのは 難しいけれど、
ほんとうに一人でも多くの人が この機会を見逃しませんように。

と祈りたいような気持ちです。
ぜひ大阪イベントに参加してください。

それぞれの僕らの旅

2008/10/07(火) 12:20:00


♪見知らぬ街で
一文無しになって
ジーンズのように
擦り切れた気持ち

ボビーはトラックを
ヒッチハイク
雨が降ってきそうだから

おいらは汚れたハンケチから
ハーモニカ取り出し
ボギーの歌うブルースに合わせる

良い気持ちになるのは
簡単なこと
ボビーがブルース歌えば
それだけで俺たちは ごきげん


自由っていうのは
失うものが
何にもないことさ
良い気持ちになるのは
簡単なこと
ボビーがブルース歌えば
それだけで俺たちは ごきげん♪

♪♪
うらぶれた炭鉱から
南の街へ
魂の秘密まで分け合って
いつでも一緒
夜は寒くても
あいつは俺を
暖めてくれた

でも小さな町で
家が欲しくなった
あいつを俺は行かせてやったのさ
ボビーといつもそばにいた
昨日のためなら
俺の明日をみんなあげてもいい


自由っていうのは
失うものが
何にもないことさ
良い気持ちになるのは
簡単なこと
ボギーがブルース歌えば
それだけで俺たちは ごきげん♪♪



ヴィレッシュたちが我が町から去って、昨日は、アミーンのパン屋とカフェのオープンのパーティ。
大工やデザイナーや従業員やなんやかんやとお付き合いのある人たち多数と、僕と数人の旧友たち。

我々には、アミーンからの紹介の肩書きはなく、「例の印度友だち」と十派ひとからげ。「もう二十年以上の付き合いです」と彼は紹介してたけど、いや違う。三十年以上になるんだよ。

いつかアミンたちがお店でも持って、俺は裏口から入って、残り物でも分けてもらうことになるのかな・・と冗談で確かに昔、言ってたのを覚えている。そして本当にそうなった。

僕は彼らの店の開店の日に、裏口から入り、ヴィレッシュたちのためのパンを分けてもらって袋に入れてもらい、戦場みたいな旧友の晴れ舞台を後にして、ひとりとぼとぼと我が家に帰り、ドアを開けたらすっかりくつろいでいるオランダからの新しい友人たちに、その収穫してきたパンを渡した。

僕はこの何日間、本当のホームレスになった。彼らにまるまる家を渡し、母親の家に滞在したけれど、一日なんか会計の仕事をして深夜過ぎになってしまったので、ついには漫画喫茶で夜を明かした。

自分の家があるのに自分の家がない不思議。そして、さらに不思議に世界全体は、僕のホームになった気がした。

♪自由っていうのは 失うものが 何にもないことさ♪

だから、大阪イベントの帰り道、路上で寝込んでいる酔いつぶれてるオジサンを二人、僕は必死に揺り動かした。普段だったら少し胸が痛んでもほって置くのだけれど、その日は当たり前に行動していた。だって世界全体は僕の家で、目の前に酔いつぶれるほど苦しんでいるもうひとりの僕がいたのだから。

ヴィレッシュと別れ際、ヒューマニバーシティに招待された。
この世界の中で、いつでも僕の行ける場所がある。そこに行けば必ず暖かい抱擁が待っている場所があるなんて、なんて嬉しく、ありがたいんだろう。

アミンの店に行けば、必ず暖かい抱擁があるのかないのか、わからないけれど、少なくともパンの一切れは恵んでくれるだろう。それはやっぱりありがたいことなのだろうと思うけれど、今のところそれぞれの道が交差したり、離れたりすることに、感傷的な僕のハートは少し痛む。

天然酵母のようにどんどん発酵してる僕たちの運命の不思議な味を、
僕はかみ締め、かみ締め、めだたないようにパーティーの末席で、ワインを飲んでたつもりだけど、だんだん酔っ払ってきて、昔の懐かしい歌なんか思い出し、少しはめは外したけれど、抑制して、ひとりがらんとした家に帰り、ミー・&・ボギー・マリーの歌を布団のなかで歌ってみた。

ヴィレッシュたちが帰って、来た時よりも綺麗になった家の中で、
僕の歌声は、寂しく響く。なんちゃって。

さて、これから僕はどうするのかな?
いつかオランダに行くことになるのかな?






さて気分を改め
自転車に乗って、
アミンのお店にコーヒーでも飲みに行こう。と。
http://ameentable.exblog.jp/
 

OSHOホー

2008/11/06(木) 10:30:00

 

お待たせしました。
前々回のOSHOの講話の続きです。

「自分自身の中にそれを見つけるのでない限り、家【ホーム】はない」

今回は、全文掲載します。
前回の分も重複して掲載です。


愛するバグワン、
 私が初めてあなたに会ったのは、私がサニヤスを受けたときでした。その時私は生涯で初めて「わが家にいる」というあの素晴らしい感じを味わったのです。私があなたから離れているときにはいつでも、ある落ち着かなさのようなものを感じて、それが私を一つの場所から別の場所へと動かし続けました。
 
 そして一度も、自分が正しい場所にいるという感じを味わえませんでした。こうしてあなたのお側にいると再び、あの感覚が戻って来ています。私はふたたび自分の家にいます。
 
 この素晴らしい感じは何なのですか? あなたはいつでも、私たちが自分の中にそれを見つけない限り家【ホーム】はないとおっしゃいます。でも、このわが家にいるという感じは、何なのでしょう?

和尚
 自分自身の中にそれを見つけるのでない限り、家【ホーム】はない。
 
 だがもし人が、わが家を見付けた人の側にいて、しかもその人に対して開いていて、その人が働きかけることができるような受容的状態にあれば、その時はその人間もまた、自分がわが家にいるという感じを分かち合うことになる。結局、マスターの家は、自分の家でもある。
 
 だから、起こっていることはまったく正しい。遠くに離れていて、自分の家にいるという感じを見失い、何かが正しくないという感じがする。それこそ、完璧にあるべき姿そのものだ。だがそれは、ほんの旅の始まりに過ぎない。
 
 私の側にいるときに、あなたは自分の家にいる感じがする。その感じを、もっと深く育てて行きなさい。それを表面的なものにしてはいけない。それが自分の存在そのものに、沈んで行くのを許しなさい。そうすればあなたが何処にいようとも、私はあなたと共にいる。今の所は、何処にいても私があなたの所にいられるようにするためには、あなたは私と一緒にいなければならない。そうすれば、あなたは見失ってはいないし、何処であろうとそこがわが家になるだろう。あるのはただ、近しさ、信頼、愛という問題だ‥‥ほとんど溶解し、解け合うほどの愛という。
 
 スーフィーにこういう話がある。最も重要なスーフィーの導師の一人バヤジットは、弟子によくこう言ったという。「お前たちは、実に堪え性がない。お前たちは、我が師の許にいた時、私の身に起こったことを知らない。三年間というもの、師は私に目を向けられることすらなかった--まるで、私などいないかのようだった。そして、師は正しかった。今では私は、自分がそこにいなかったことを知っている。体は確かにそこに座っていたが、私の思い【マインド】は世界中をさまよっていた。ところが、私はひどく傷つけられた感じを持っていた。師が私に何かの質問をすることなど問題外だった。私の方を見さえしなかったのだ。三年たったある朝、師は初めて私の方を見た。そして私は、それが自分がそこにいた初めての時だったことを知っている。
 
 「それからまた三年たった。師は私に何も言わなかった。私は希望し、それを求めていた--今や師は、私を見、私がそこにいることを認めてくれた。今度は何か私に、声を掛けてくれるはずだった。しかしやがて、その欲望とその希望は消えた。その人は変わった人のようだった。師は他の者には話をする。一日中やって来続けるよそ者にさえ口をきく。ところが、こちらは一日中、朝から晩までそこに座っているのだ。それからまた三年たって、師は私の方を見て微笑んだ。
 
 「師が何故、私の方を見たり、私に微笑みかけたりしなかったのか、今なら私には分かる--それは私の欲望のせいだった。それが障害だった。そのことが起こったのは、私が初めてその希望を捨てたときだった。この人は変わった人だ、期待しても意味はない、と。私はそんな欲望を、そんな希望をまったく忘れた。そこにいるのはただの習慣になっていた。そこにいるのが嬉しかったのだ。師の存在だけで充分だった。
 
 「また三年たった。すると初めて師は私の方を見、「バヤジット、どうかね?」と言った。
 
 「そして今なら、師がなぜ十二年後に声を掛けたのか、私には分かる。人々は互いに出会ったときに、「お元気ですか?」と声をかける--だが十二年後ということはない! だが師は正しかった。なぜなら、師が「バヤジット」と私の名前を呼び、「元気かね?」と声を掛けて下さったあの夜初めて--あの時こそ、私が存在せず、師だけが存在していた初めての時だったからだ。
 
 「その十二年間は、絶えざる溶解、消滅の月日だった。そして、何という不思議な方だったのだろう。私がいるときには、一度も尋ねず、私がいなくなったとき、「元気かね?」と尋ねて下さるとは。
 
 「その同じ日、師は私に言われた。『お前は、もう出来上がった。お前はどこへでも行って、自分の言葉を広げたらいい。そして、お前はもういないのだから、お前の所にいるのは私だ。お前は私のためにその場所を空けてくれた』と。その時以来、師は私を通して話している。それ以来、私を通して師がものごとを行なっている。それ以来、私はこの世に何の責任も、この世に何の問題も持っていない。すべては、師が肩代りしてくれた」と。
 
 だからあなたに起こっていることは、まったく申し分ない。ただもう少し溶けて行きなさい。もう少し、消えてしまいなさい。私だけが、あなたの中に存在できるように、もう少しいなくなりなさい。

 そうなれば、何処にいても私を見失うことはない。そして、自分がわが家にいないと感じることもないだろう。何処にいようとも、それが自分の家だと思うだろう。
 

ハートが開いた

2008/12/06(土) 02:42:00

 

ひさしぶりに鎌倉のユニティで、ユニオミスティのイベントをやります。

関東地方のマイミクさんで、お暇な方は来てくれたら嬉しいです。
実はこの間、プラサードの「本質の目覚め」に行って、別れ際にハグしたら、「ハートが開いたね。キープ・ゴーイング。」と耳元で囁かれました。

「ハートが開いた」のはヴィレッシュのお陰ではないかと思ってます。さらに今回のプラサードでとどめでした。(さらにスッダがボディを離れたのもたぶん影響しています)

今が旬かもしれませんから、お友だちに紹介してくれたりしても幸いです。

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